• 195月
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    (マラッカ(マレーシア))

    父、
    「うちの子が足が速いわけない」とか、
    「歴史ができるはずがない」みたいなことを、
    普通に言いました。

    小学生の頃、学校に行きたくない朝、
    「おなかが痛い気がする」みたいなことを言うと、
    父は、「休んじゃえ」と言い、私はテレビの前に布団を
    敷いてNHKの教育テレビを見て過ごしたりしていました。
    いや、毎日休んでいたわけではないです。時々です。

    高校卒業前には、
    「進学でも就職でもいいから、一度は東京で暮らしなさい」、
    「アルバイトと学生運動はしてはいけない」。

    まさに昭和の父で、怖いなんてもんじゃないほど怖かった、
    はずなのに、思い出して書き並べるとそうでもない不思議。

    ついでに思い出したこと。
    私の大学時代に流行っていた、オーバーオールで帰省したら
    「作業員みたいな格好するな」(父)
    小学生の時にミニスカートで祖母の家に行ったら、
    「きれ(布)が買えないみたいじゃない」(祖母)
    「お嫁に行くのが遅くなるから、短大に」(母)
    この考えは、当時は割と当たり前だったかも。
    あと一つ。
    就職した私に「職場の花になりなさい」(祖母)(-。-;

    以上。芋づる式に思い出したこと。
    父と祖母はすでに他界。母は非常に元気に暮らしています。