• 2212月

    初四国は愛媛県、縁は日本語教師養成講座の修了生。
    私が30代半ばのうら若き‘先生’だった頃の教え子、
    まなみさんが副主任を務める日本語学校を訪ねました。

    初めてお目にかかった理事長先生の一貫した溢れる思いが、
    すうっと染み込む水のように
    多忙を理由に乾かし切った我が脳みそのスポンジに染み渡り、
    ああ、ここがまなみさんの活躍する場、来た甲斐あったなと。
    大歓迎の眼差しで乗り出して私の挨拶に応えてくれた、
    教室で学ぶ学生さんたちの様子にも、ああ来てよかったと。

    新居浜市の歴史も初めて知りました。
    (すみません、地理歴史に疎いままの我が人生ゆえ…)
    以下、伺った話をうまく要約できないためWikipediaより。

    江戸時代に開坑された別子銅山で繁栄の足がかりを築き、
    その後非鉄金属・産業機械・化学工業など住友グループと
    その協力企業群により発展を遂げた。瀬戸内有数の工業都市。

    へえへえへえを100回くらい押したかった。
    (古いですね、この感想^^; )

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    ところで、googleカレンダーで母と予定を共有しています。
    それによると、本日、
    「 13:00 – 15:30 慰問 太田 黒Tシャツ スパンコール」。
    太田は群馬県(うちは栃木県、でも隣の市)の老人ホームに、
    仲間と共にスパンコール付きの黒Tシャツを着て大正琴演奏の慰問
    …の模様。聞くところによると、
    慰問される側には母よりはるかに年下の人がいるのだとか。
    そりゃあそうでしょう、母83歳。
    明日は、32年前に亡くなった父との結婚記念日ですよねー。

    訪ねた日本語学校の母体は社会福祉法人。
    今、外国人人材に関わる様々な話題の中に在る私にとって
    とても貴重な機会に。ありがとうございました!