• 254月
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    あっという間に一週間たちました。
    休みがあるから働けるって感じ、昔はなかった。

    昔の代表、インターカルトのインドネシア校に駐在していたとき、
    あのころは本当に、毎日が挑戦、楽しい!しかありませんでした。

    色々あったこの一週間の間に訪ねてくださったお客さまの中に、
    ジャカルタからの方たちがいて、その中のお一人の実家が、
    私がいた学校と同じ通りの12番地と19番地で、ほんとに驚きました。
    1992年はまだ赤ちゃん、でももしかしたら道ですれ違ったかもと。

    上の校舎の写真。
    これは着任当初の立ち上げのころので、この半年後に、
    右側のガレージの部分に二階建ての、日本からの先生たちのための
    宿舎を増築しました。私はなんだかマネージャーみたいなのだったので、
    間取り決め、竹の足場に登っての工事の確認などなど、色々初体験。
    振り返ってみると、私の人生の、春本番のころだったのだと思います。

    昔の思い出に浸るのは、疲れを癒すのに効果があるみたいです。
    在任中、私が受け持った最後のクラスの学生たちから
    お別れの日にもらったバティックの布で仕立てたワンピースは、
    今も着ています。
    仕事も頑張ったけれど、生活も十分以上に楽しみました。
    青いバティックは、私と先生の共同制作。週末に習ってました。

    本日土曜日。来週のために今日と明日、体力と気力を…٩( ᐛ )و

  • 204月
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    今、私の身近で「国家資格」と言ったら、
    これ、すなわち日本語教師の国家資格、登録日本語教員ですよね。
    でも、今日の話題は運転免許。これもまた国家資格なり、です。

    今日、家のポストに、運転免許更新のお知らせが届いていました。
    19の時、免許をとったその年に10回くらいしか運転していない、
    堂々のペーパードライバーで、免許証は完全に身分証明書。
    …教習所に通わせてくれたお父さんごめんない状態のまま今に至る。

    さっきハガキを見たとき、マイナンバーカード持ち歩いているから、
    免許の更新はもういいかなと、ごくごく自然に思いました。
    割と最近、いや、ちょっと前に、自らの移動手段を手放すことになった、
    運転好きの母が免許証を返納したときは、心揺さぶられたのですが。

    で、やっぱり話を戻して我らの国家資格、登録日本語教員。
    経過措置に乗っているインターカルトの先生たちは、
    ほぼ全員近く、必要な講習を受けて、もう国家資格所持者です。
    ああ、養成と日本語学校のために、私もちゃんと取得しなければ
    ならないのです。期間内に。ふう。Don’t forget it!

  • 184月

    東北新幹線。私が木曜日に乗った新函館北斗行きは、
    向こう側の緑と白の間にピンクの差し色の方です。

    時はさかのぼり、10歳の頃、
    上野発の寝台、夜行列車を降りた時♪、
    青森駅は、夏だったので雪ではなかったのだけれど、
    母と祖父と妹たちと青函連絡船に乗り、津軽海峡を渡って、
    叔母家族が住む函館に行きました。

    うちの母、そんなに引き連れてよく北海道まで行ったなと
    思いますが、その数年後に亡くなった時の祖父と私は、
    今、同じ年です。。

    その時、青森まで12時間、函館まで4時間、計16時間!
    そして今は、東京駅から新函館北斗まで、3時間57分!
    隔世の感としか言いようなし。

    で、時を戻し、二日前は、
    新函館北斗までは行かず、仙台で降りて、
    経団連主催のシンポジウムに、福島の連携校の佐藤さんと。

    経団連が各地で開催している、
    「外国人が活躍できる社会に向けて」。仙台での会では、
    東北地方の外国人材受け入れと定着をめぐる、
    現状と課題、制度改革のポイント、ボトルネックについて、
    官・産・学・民の登壇者が話すのを聞きました。

    育成就労と特定技能の連続性を生かしたキャリアパス整備を
    前提とする中での「日本語教育」の必要性、重要性を、
    どの方も当然のこととして話されるのを聞き、
    改めて自分たちの価値と未来を見た、この機会でした。
    そして、最終的には、国の司令塔機能と財政的後押しが鍵、
    というのが一致した認識…だったと思います。

    上の新幹線の車両は、東京から盛岡まで一緒に走って、
    その後、秋田方面と北海道方面に分かれるのでしたよね。
    一つの軌道が二つの路線に。是、人生に似たり、ですよね。

  • 114月
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    「もしタイムマシンに乗れたら、いつの時代に行きたいか。」
    この間あった新入教職員の人たちの歓迎会で、
    同じテーブルに座って鍋を囲んだ人たちとした話題です。

    歴史的な転換点に行きたい人、
    人生のある地点から別の道に進んでみたいという人、・・・。
    そうか、人は過去なのかとちょっと驚き。一方、私は、
    最初から過去は考えず、100年後を見てみたいと言いました。

    興味は未来です。でも、過去があるから今があるという、
    明確な気持ちはあります。しかし、過去を尊重しながら、
    つまり、ある意味の過去の否定をすることなく前に進む、
    新たな展開をするというのは難しいなあと、最近ときどき。

    ぽかぽかと暖かかった今日は、午前中、美容院でした。
    家の前の旧甲州街道、大國魂神社の参道を歩くと、
    ああ、ここを飛脚が走っていたんだろうなと…なぜか飛脚。
    写真は、家から美容院までの道々に咲いていた花々です。

    そして夜は、久しぶりに餃子を作りました。

    餃子とコロッケは自分で作るのが美味しいと思います。
    フライパンの上に餃子の花。
    焼き上がりは味よし、されど、こんがり++で、
    写真掲載とは相成らず。・・・お腹に入れば一緒。

  • 104月
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    私の記事の右上の小山暁子さんが、
    これをFBにシェアしてくださり、ああ、こんな時代もあったなと、
    思わずしんみりした気持ちになっています。

    2011年、15年前の『月刊日本語』のインタビューでは、
    目指すは「歌って踊れる日本語教師」とは言っていないのですが、
    振り返ってみると、歌うも踊るも、あれするもこれするも、
    よし!これだ!と思い立っては、本当にいろいろしてきました。

    記事に、教師になって早々、三校を目いっぱい掛け持ち。
    授業のない夜と週末は、とにかく準備準備。
    多国籍と欧米人中心と中国人だけという三つの学校。
    テキストも、インターカルトのオリジナルと、
    『An Introduction to Modern Japanese 』と、
    『日本語の基礎』。とあります。
    …とにかく場数を踏もうと思ったからでした。

    その、私の日本語教師デビューの年、1988年に発刊された、
    アルクのこの『月刊日本語』は、2012年から休刊のままです。
    終わっていない、という生き方もいいのかもしれない。


    ところでこれ、昨日の晩の高田馬場でのお酒。
    学生時代に行っていた、村さ来(むらさき)とか養老乃瀧とか、
    あと、清瀧とか、あの頃のそういうところの日本酒は、
    今から考えると、悪酔いしかしないのだったから、
    いい思い出はなく、日本酒は嫌だなと思ってきたのですが、
    大人になって、いや、大人になりすぎた今頃になって、
    日本酒って美味しいんだなと気づいている、のんびりした奴。
    いいお酒だと、歌って踊りはしないのですよね。

  • 074月

    2026年度4月生の入学式でした。
    20の国と地域から、在校生たちと合わせると49。
    その紹介の仕方の変遷を、
    今日の余韻があるうちにと思ったので、連チャンで書きます。

    昔々は、校長先生の挨拶、そして…みたいないわゆる入学式。

    20年くらい前からは、
    国の名を言ったら、その国の学生たちが立ち上がる。
    「(皆の国では)「こんにちは」は何て言うの?」と聞いて、
    会場の皆で、元気にその国のことばで挨拶を。

    しかし、立ち上がらせることによって、
    どのくくりで国と言っているの??という空気を一部に感じ、

    12,3年くらい前からは、
    学生の出身地の有名な風景の写真をスクリーンに写し、
    どこでしょう…みたいなやり取りをしながら紹介。

    しかし、戦争勃発。
    紹介する写真の建造物が破壊されている可能性もある。

    それで4年前から、
    有名な食べ物の写真で紹介、に変更しました。
    いわゆるステレオタイプの写真も、それな!と、笑って
    くれるのが常だったのですが、今日はオセアニア女子から
    ちが〜う!の声。…でも、終了後に教えてくれました。
    デザートの方がいい。ラミントンとかパブロバとかと。

    なんであれ、こんな感じの私の挨拶から始まり、
    クイズ仕立ての学校紹介、通訳担当の在校生たちの自己紹介、
    そのあとは、教師、スタッフ、新入生たちも、全員が、
    前に立って自分の紹介。スタッフ一名ビートボックス^^
    …という、今回もみんなで元気に…の入学式でした。

  • 064月
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    4月ももう6日です。
    今までだったら、ええ!もう今年の四分の一が終わったの!?
    そしたらまた、あっという間に明けましておめでとうじゃないの!
    と、焦りとも落胆ともつかないセリフを吐いていたと思うのですが、
    今年は不思議と、ごく自然にこの事実を受け入れています。

    漫画『浮浪雲』(ジョージ秋山)の第七章「彼岸の人」の中で、
    登場人物の渋沢先生が言ったことばを思い出しています。

    「自分の意にそわぬという時に苦となります。
    求めても得られざるところに苦がございます。
    人の世は思うようにはならないもの。
    それを思うようにしようとするから苦になります。
    思うようにならないものを思うようにしないこと。
    お天気の日はお天気の日のように。
    雨の日には雨の日のように。
    天地の通りにおやりになったらよろしい。
    そのほうが道は開けましょうなあ。」

    ようやくこの境地にたどり着いたような気がしています。
    ^^; 一瞬の気の迷いかもしれないんですけど。

    夕方。遠くにぼんやり見えるだけなのに、
    ああ、そこにあるってわかりますね。富士山。

    昨日は、横綱千代の富士引退のことばを思い出していました。
    「体力の限界。気力もなくなり、引退することになりました。」
    母と鍼灸院にかかって、一緒に両国でちゃんこ鍋を食べて、
    帰りの駅構内で千代の富士の優勝額を見たからかもしれません。

    で、今、思い出しているのは、学生が教えてくれた、
    漫画?『化物語』の主人公、阿良々木暦のセリフ。

    「無理だったのかもしれない、無茶だったのかもしれない、
    でも無駄じゃなかった。」

    ・・・ですよね。

  • 313月
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    散りゆく梅の花の中に、小さな実が見えます。

    おはようございます。
    履きすぎた草鞋(わらじ)と一緒に降ってきた役割のために、
    私としたことが、あたふたと過ごしたこの数週間でした。


    3月23日に、無事今年度の卒業式が終わりました。
    インターカルトは小さな地球。ただ、本物の地球と違うのは、
    ここに在るのが、国ではなく人だということ。

    卒業生たち。
    インターカルトで過ごしてくれたことに感謝しながら、
    新入生たち。
    来週の今日はたくさんの国からの新たな人たちを迎えます。

  • 223月
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    パンジーは、咲き終わった花(花がら)を摘み取ることで、
    次に咲く新しい花にエネルギーを回すことができる。
    と聞いていたので、茎のところから摘んで表した敬意。

    一昨日から昨日にかけてほぼ寝ずに、最優先事項をし終え、
    昼間はその打ち合わせなどして、晩から今朝まで爆睡9時間、
    それでプラマイゼロと思えるのはまだ若い証拠かなと…。

    その復活後に、花がら摘みをしました。
    そうしたら、ニュースで桜の開花宣言の話題。
    その大事な役割を果たす全国にある標本木と呼ばれる木は、
    いやぁ、本当に大変。好き勝手に冒険などできないので。

    ニュースは、さらに続けて五木寛之へのインタビュー。
    93歳で、しゃんと背筋を伸ばしジャケットをおしゃれに
    着こなす姿は、それだけであっぱれ、憧れ。

    近刊の『大河の一滴 最終章』について。
    人は皆、大河の一滴。
    それに逆らって生きることがあっても、それも大河の一滴。

    書くことが人生のリズムという五木寛之には、
    もちろん遠く及ばないのだけれど、今日のこのいい朝に、
    私も書いていくのだと思ったのでございます^^

  • 203月
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    何を撮ろうとしたのだったか。2016年6月の写真。約10年前。
    その対象だったと思われる上方右側の白いの以外は、
    画面の汚れなのか星なのか判然とせず。物事の問題点と似ている。

    若い頃、20代前半の頃は、何か、うーんということがあると、
    プラネタリウムに一人で行って、果てのない宇宙を眺めました。
    今はない、渋谷駅前の五島プラネタリウムと、
    池袋サンシャインビルの中のプラネタリウムのどちらかで。

    何か、うーんということがあったときにとる行動、
    人それぞれあるんでしょうかね。

    レバニラ炒めを食べるのも法則があるように思います。
    これは昨日。学校の近くの味仙だったところに開店したお店で。
    一人レバニラ。

    インターカルトの養成では一年後輩の同じ年、数年間同僚だった、
    オーストラリア在住のハンセン明子さんの訃報が先週ありました。
    人一倍元気だった人が重い病気にかかり、
    でも、いつもブログにたくさんのコメントをくれ、
    メッセンジャーでも、あれこれ話しました。

    図らずも一緒に届いたあの人この人の異動のお知らせ。
    桜の開花宣言があちこちから聞こえてきて、
    春は当然わくわくするのだけれど、寂しい季節でもあるのですね。

    なんて、この三連休、ぐずぐずしている場合ではないのでした。
    レバニラ炒めの燃料が切れないうちにエンジンかける。