1987年まであったインターカルト日本語学校目白校。
古い旅館の建物で、私が初めて出た教師会はここででした。
玄関の右側の学校名の脇に「日本文化塾」とあります。
Cross Cultural Communicationsを理念として掲げ、
Interculturalの頭のIntercultを学校名にした、
インターカルト日本語学校は、今年で創立43年です。
今までも幾多の困難を経験したインターカルトですが、
今回のコロナは、五指に残る試練だと思います。
震災とその翌年を経た卒業式で、
教職員が壇上で卒業生に贈る歌を選んだとき、
♪負けない事・投げ出さない事・逃げ出さない事・
信じ抜く事 駄目になりそうな時 それが一番大事♪ の、
「それが大事」が候補に挙がりました。が、
♪ここにあなたがいないのが淋しいのじゃなくて
ここにあなたがいないと思うことが淋しい♪
・・・
♪それでも生きていれば いつかは逢える♪
この歌詞が辛すぎて、無言でボツにしたのだったなと。
当時言えなかったことを、今言いました。
「STAY HOME」
今日の、学生たちとの朝礼と昼礼で言いました。
「家にいることが、誰かの命を救っている」ということも。
画面の向こうの顔顔顔…が、わかったと言ってました。
東京で家の中にじっとこもって過ごす在校生も、
中国、マレーシア、スウェーデン、オランダから参加した、
まだ来ぬ新入生も。
今は、今、大事なことを。
インターカルト日本語学校は、連休明けの5月7日から、
こういう形態で授業を行います。