(今は、家の近くでさえ出歩くのが難しいですが)
その前は、いろんな国で夕日に遭遇する機会がありました。
写真は、マレーシアのコタキナバルの海に沈む太陽。
この夕日がぐるっとまわって、翌日、朝日となって現れる不思議。
地球上のあらゆるところで、七十億と言われる世界中の人々が、
この、同じ太陽を見ているという不思議。
昨日は、写真左端の西尾さんがするオンライン授業に潜入、
この状況のすべてを許容し、それに順応する先生と、
その中で安心して授業を受ける学生たち。心地よき時間。
4月にインターカルトに入学する予定で、
今、マレーシアで待機中の学生も授業を受けていました。
彼は、毎日、インターカルトの午前のオンラインクラスに出て、
お昼からそのマレーシアのクラスに入り、
その後またインターカルトの午後のクラスに出席。凄いな。
彼が、普通に日本に来られる日が早くきますように。
でも、アフターコロナの「普通」は、今と同じ「普通」なのかな。
隔てなき たった一つの太陽が 七十億の 民を眺むる
6年前にこれを作った(詠んだ)ときは、
富める者、貧しき者、安穏とした平和な国、戦闘真っ只中の国、
その誰に対しても、どこに対しても、隔てなく照らす太陽を思った。
しかし今、境遇の違う七十億が、ある一点で同じ境遇に。
今日もあまねく世界を照らす太陽、我らを眺め、何を思うのか。